薬研(やげん)道2

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薬研橋駐車帯を過ぎ糸魚淵橋(平成3年12月竣工)を渡り、小さな祠堂を左に見ながら進めば薬研温泉郷への広告塔が、左に進めば日本最大霊場の一つである恐山への道で、この7月20日から24日に大祭典が催される影響なのか栃木・熊谷・福島・秋田ナンバーの車が入れ替わり往来している。右側に釜ノ沢に架かる紅葉橋(こうようばし 平成13年12月竣工)。ここから見る四季の彩りもまた絶景ポイントの一つです。

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薬研温泉郷に到着です。(昭和43年7月下北半島国定公園に指定)

薬研という地名の由来は、元和元年(1615)に徳川方に敗れた豊臣方の武将が追手を逃れて大畑川をさかのぼり安住の地として、温泉の豊富なこの地を見つけ湯の湧き出る箇所が漢方薬種を砕粉するために使用する薬研という器具ににていることから名付けたと言われている。

薬師如来像を温泉の守護神として安置している薬研堂があり、毎年7月に薬師堂大祭と丑湯まつりの合同祭典が行われている。

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湯の沢橋(昭和60年11月竣工)・楢の木橋(昭和60年12月竣工)・鯎滝橋(うぐいたきはし 昭和61年3月竣工)を渡りコンクリート屋根の大滝覆道に。ここから見る大滝周辺の四季の彩りもまた絶景ポイントの一つです。

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奥薬研かっぱの里の広告塔が。湯ノ股橋(平成11年11月竣工)を渡ったところで県道恐山公園大畑線が終わり大畑林道(昭和37年)となる。その隣接に奥薬研修景公園と総ヒバづくりのレストハウス・夫婦かっぱの湯があり大畑川の渓谷を楽しむことができる。

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円仁慈覚大師が道に迷って足を踏みはずして大怪我をしたさえ、どこからともなく大きなフキの葉っぱをかぶった一匹の河童が現れ、苦しんでいる様子を見て背負って露天風呂の中に、不思議にも痛みが消え失せたことから河童の義心に感激して「河童の湯」と名付けたと言われている。

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この区間でもテクテク歩きをやわらげてくれたのが、道端に紫色の唇形花を密集させて咲かせていたウツボグサです。

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午前8時40分にテクテク歩きをスタートして約2時間30分。普段は飲まない微糖の缶コーヒーを飲んだ後は足湯に浸かって一休み。

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