2009年7月アーカイブ

定置網1

| コメント(0) | トラックバック(0)

P1000124.JPG

濃霧のなか、株式会社浜照水産のご厚意により八王丸に乗って定置網漁の体験ができた。

定置網という言葉が使われたのは明治34年(1901)制定の漁業法からで、漁は水深27メートル以上の海域に季節的に接岸回遊する魚群の通路を遮断して網の中へ誘導し、その中に落とし入れて一挙に漁獲する方法。

魚道を遮断するために陸岸近くから沖へ向かう垣網(かきあみ)づくりや、固定するための土俵詰め等の作業が地域の砂浜で行われていた頃を思い出しながら、また、変わらぬ地域の原風景を見、潮風を体一杯に受け漁場へ向かった。

P1000121.JPG

走ること20分くらいで北の漁場に着いた。数十年ぶりに体験する網越し。

確立されている役割分担や動力の導入・船を取り巻く「カモメ」との共存、そして何よりも株式会社浜照水産の後継者が自然へのやさしさをも持ち合わせて確実に成長している姿に感動した。

P1000127.JPG

漁業を取り巻く環境も乱獲や自然破壊による資源の減少・高齢化・魚価の低迷に加え、食生活が魚から肉(従来100%以上あった水産物の自給率が60%)に変化したことによる食としての魚の将来。課題等は多いものの、減少は進んでもまだまだ津軽海峡沿岸の海は豊かだと思う。

漁業者、消費者一人一人の自然や健康への熱い思いと実践が課題解決の糸口になるのでは。

 

 

 

 

 

ゆでタコ

| コメント(0) | トラックバック(0)

タコの由来は「タ」は手、「コ」はたくさん。手がたくさんの意味からと言われているとか。

タコの種類は多いが食用として主要なものは、南方種のマダコに対して北のミズタコで津軽海峡はミズタコが主に漁獲されている。

見分け方は足の吸盤の位置が均一に整列しているのがミズタコで不均一がマダコ。

今は亡き父が真冬に磯舟でタコ漁をする場合の仕掛けは、平べったい石に針をくくり餌となる魚を結びつけて海中に投げ込み、その餌にタコがのったら引き上げる。経験・知恵・体力・非動力化が沿岸漁業の資源を保護し、現在鮮魚店等では見られない大きなタコが獲れていたことを思い出した。

ゆでかたは大きさや食する人の好みにより火加減を調整し、ゆで色を見ながら。むずかしい。

食材としてのタコは刺身・天ぷら・やわらか煮・酢だこ・しゃbしゃぶ等もいいが、ゆでた生殖巣に「からすとんび」くちばしがうまい。

地域によってことなるが産卵期は6月から9月頃で前沖の漁獲解禁が11月、大漁であってほしいものだ。

  P1000112.JPG

ウワバミソウ(ミズ)

| コメント(0) | トラックバック(0)

低気圧の影響で足を運べなかった里山の霧も晴れたことからミズ採取に出かけた。

生育場所が湿気のある斜面や崖などで、6月から9月頃までは採取が可能です。

里山の杉山を通り抜け、沢沿いに歩いて10分、なんと群生をなして風にゆれ太さも手ごろ。立ち止まって、まずは自然の恵みに感謝です。

足元に気をつけながら2~3本ずつ根元からナイフで切り取り、30分程でリックが満杯となる。

無理することない、次も次も採取できることから今日は終了です。

帰路は潮風と黒森山を背に、尻屋崎の風車を遠くに見ながら40分の歩きです。

食材としてのミズ料理はうまい。・おひたし・つけもの・味噌いため・酢味噌あえ P1000111.JPG

H21,7,16(木) 快晴 気温25度

 さわやかな風の後押しがありAM10:00に早掛公園前からリックを背負っての一人旅です。

下北一円、青森県内、日本海、北海道、熊野古道等を歩いての一人旅を通して、その地域に根ざした歴史文化を少しでも学びたいという思いを永年持ち続けていたことが、ようやく実現へのスタートです。何よりも先般の青森マラソン出場と同様に「心身の健康とリフレッシュ」が目的で、楽しく学ぶことで年齢を感じさせない目の輝きを持ち続けたいものです。

             *協力と支援は積極的にすることで。

             *時間はつくり出すことで。

             *資金は汗を流すことで。

             *継続することが楽しいと思えることで。

AM10:00早掛公園前~10:15樺山「太郎仁 陶芸美術館」~10:45関根「サークルK」~休憩

AM11:00再スタート~11:20石神温泉~出戸川~旧大畑町高待「来さまい大畑桜ロード標柱」~

中道川~12:00正津川~12:30大畑川~13:00二枚橋

              3時間 14キロメートルの一人旅でした。

・家並みを見ながら、それぞれの地域には受け語り継がれた歴史文化に加え、現代社会に対応した独自の取り組みが行われているものと思う。機会をつくり見聞したいものです。

・国道沿えに群生をなして生えている「オオハンゴンソウ」、北アメリカ原産の帰化植物で明治時代に持ち込まれたものが野生化し、他の植物を駆逐してしまい地域の原風景を壊している。特に秋風にゆれるススキに影響が出始めている。「イタチハギ」も同様。

             次回の一人旅は二枚橋から易国間までを予定。

 

  P1000135.JPG

 

 

 

心地よい汗

| コメント(0) | トラックバック(0)

薄暗い病室の天井を見続けてからの3年間は、体力と精神力の回復を重視した生活を余儀なくされたものの、家族・兄弟・親戚にも「また」「何故」と思われる様々な出来事が続いたが、時間だけは風のごとくさらりと過ぎ去って行った。

現代社会のストレスという負の財産だけは抱え込まないためにも、現実から逃げずに真正面から受け止め、子供達の協力と思いのエネルギーに加え自然との対話を重ね続けることで、ようやく7月5日に行われたAOMORIマラソンのスタート地点に息子と立つことができた。

緊張の中での号砲、自分のペースを守り先行く者の背後を、沿道の声援と初夏の風を受け家族の待つゴール地点に足を運んだ。

忘れかけていた何とも言えない「心地よい汗」を流すことができた。

歩いても立ち止まってもいい、時には後退してもいいと思う。それでも前に進みたいと思う気持と小さい夢の実現にむけて、楽しみながらも時間を大切に過ごしたいものだ。

娘 が同席していないのが残念だが、妻と息子夫婦とで乾杯です。ありがとう

P1000120.JPG

海岸散歩

| コメント(0) | トラックバック(0)

最近、大潮に限らず海岸を健康等の目的で歩く姿を見かけることが多くなった。

私にとっての海岸は、イカの加工作業をしていた頃から自然の中で生きる知恵と絆、そして体力補強に精神的クールダウンの場所でもあった。

里山も里海も、生きていくためのパートナーです。

磯のにおいと潮風を受け、釣屋浜方面に歩きだすと千鳥が朝食のため動きまわり、テトラポットの上には夫婦と思われるイソヒヨドリが寄り添い会話を楽しんでいるかのような姿に、しばし足を止めた。

数分後に歩きだすとハマナス(浜梨)の花が、ヤマセで打たれ花びらが痛々しいものもあったが一面に咲いている。海岸が広かった時は、こんな光景は何箇所もあったが今は2箇所だけなのが寂しい。

散歩するたびに残念に思うことがあります。

この辺が山林、河川、道路、海に不法投棄された廃棄物が漂着する場所に化していることです。しかも日本以外の国からも流れついている現状で、関係機関等の連携による早急な対応がないものか。

心地よい汗が冷めていくのが残念です。

P1000106.JPG

 

 

 

P1000107.JPG早春から初夏の里山は恵みの宝庫です。

里山に接したくて出かけたら遠い昔、空腹を少しでも満たすために友達とアマニュウ(アマニオと呼んでいた)の茎の皮をむいて食べた頃を思い出し、つい反応して口の中に放り込んだ姿は、現代社会の生活環境下ではどのように受け取られるだろうか。

遊び・学びの場としての里山、そしてこの何とも言えないセロリに似た味は食材としては。

近くにエゾニュウ(エジニオと呼んでいた)が群生をなしている。これは苦いとのことで口には入れなかったが、地域によっては山フキの変わりに塩漬けにして、煮物として食用していると聞いた事があるが、

どちらもエネルギーを含めた食品成分を調べてみよう。

 

最近のコメント

2013年9月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30