誰もが幼少・小学・中学・・・と通った懐かしく思い出の場所は、田舎暮らしと都会暮らしとでは多少違うだろうが、私は里山・里海に向かう道に漂う気を感じ遊び・笑い・まるかじりの食・走りこんだ汗等々がよみがえる場所がある。
しかし高度経済成長により生活の利便性が高まり生活様式が激変したことで、大半の蔵屋敷が朽ち果て作業道(農道)が雑木で歩行を許さぬ状態になっているが、この現実を見れば放置できず刈払機で刈り込んでしまう・・・・・・寂しいものです。
それぞれの思い出の道が一つまた一つと時代の役割を終えていく現実、受け止めながらも何か胸に突き刺さるものを痛いほど感じる
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